Mixiに完全版があります。(友人のみ公開にしてますのでマイミク登録してください)。この日記は、Mixi日記からの抜粋版です。
6月05日木 イギリス79日目。カレッジは秘密の花園=第20話New Hall。
日経新聞(6月5日夕刊1面)
http://www.doshisha-u.jp/~ey/images/nikkei20080606.jpg
によれば、JR福知山線事故の捜査が一段落し、業務上過失致死傷容疑でJR西役員が書類送検になるとのこと。1996年12月に、事故現場の線路が600mから304mに変更になったことが事故の本質的原因としていて、現場カーブで事 故が起きる可能性を予見できなかったのにそれをしなかったのは、不作為であるとした。
3月時点では、多くのマスコミから「どうも不起訴になるらしい」と聞かされていたので、晴天の霹靂。あの本の主張が全面的に認められて良かった。これで、被害者も「交通事故の被害者」と同列に扱われずに済む。兵庫県警を見直した。あとは検察がどこまでフェアにやるか、だ。
「カレッジは秘密の花園」の後半の2部を始める。戦後最初に建ったカレッジ(歴代でいうと23番め)は、New Hall。このニューホールは、1954年にやはり女子高等教育の場として設立された。いまも女子大。ケンブリッジの北西(町の中心から歩いて20分くら い)、前回紹介したセント・エドモンズ・カレッジの隣に建っている。写真は、4月7日に撮影したもの。
写真は、そのカレッジのほぼ中央にあるホワイト・ドーム。ここ食堂らしい。夏は、1晩50ポンドくらいで寮に泊まれるはずなので、皆さん、ぜひ泊まってみてください。
6月06日金 イギリス80日目。カレッジは秘密の花園=第21話Churchill College。
きょうの「カレッジは秘密の花園」第21話(後半7話)は、戦後2番目に建ったカレッジ(歴代でいうと24番め)Churchill College。このチャーチル・カレッジは、サー・ウィンストン・チャーチルを記念して1960に建てられた。
彼は、MITを視察しているときに科学者を教育し、大学と産業とがいっしょになって働かなければならないと痛感したという。70パーセントが科学・技術を学んでいる。
場所は、New HallやSt. Edmunds Collegeの西側。特徴的なかまぼこ型のビルが、いささか味気なくたっている。写真右は、学寮。
6月07日土 イギリス81日目。カレッジは秘密の花園=第22話Darwin College。
きょうの「カレッジは秘密の花園」第22話(後半8話)は、戦後3番目に建ったカレッジ(歴代でいうと25番め)Darwin College。このダーウィン・カレッジは、1960年に大学院生用のカレッジとして建てられた。もともとチャールズ・ダーウィンの息子の家だったので、それにちなんでダーウィン・カレッジと名づけられたそう。
場所は、Queen’s RoadとSilver Streetの交差点のけっこうがやがやしたところにまるでパブのように建っている。しかし中に入ったらこじんまりながらも、なかなかおしゃれ。キャンパスの中にケム川の支流が流れていて、ここからパントに乗れちゃう(写真)。
6月09日月 イギリス83日目。日立ケンブリッジ研究所を訪問。カレッジは秘密の花園=第23話Wolfson College と Clare Hall。

きょうも心からすばらしい快晴。気温は、27度(300 K)くらいだと思われる。すこし暑い。
ついに、組織科学から依頼されていた原稿を仕上げて編集委員に送ることができた。8ヶ月の便秘が治った感じで、すっきり。
11時に、日立ケンブリッジ研究所を、なんと今回来てはじめて訪問した。所長のデービッドとは2年前にどやどやと訪問した面識があるものの、彼の超多忙を知っているだけに、今まで遠慮していた。
さて、カレッジは秘密の花園=第23話(後半の第9回)は、Wolfson College と Clare Hallをまとめて紹介しよう。ウォルフソン・カレッジは、1965年に創立されたあとウォルフソン財団からの寄付でその名前を現在の名前に変えた。歴代26番目のカレッジで、大学院生用。場所は、南西Barton Roadのほうにあってすこし不便。3月29日の日記に登場している。ちょっと新興宗教がかった建物(写真中央)。ちなみにウォルフソン財団とは、小売業(Great Universal Store)で成功をおさめたSir Isaac Wolfson氏が設立した財団。
Clare Hallは何度も登場しているのでおなじみだろう。現在、私が所属しているカレッジ。1965年にクレア・カレッジによって設立された。歴代27番目のカレッジで、大学院生用のカレッジ。たぶん敷地面積は、31カレッジのなかで最小ではなかろうか。写真右はその中でもっとも古式ゆかしい建物(大学院生用の学寮として使われている)。
6月10日火 イギリス84日目。カレッジは秘密の花園=第24話Lucy Cavendish College と Fitzwilliam College。(後半の第10回)。

きょうは、朝くもっていたが、昼からすばらしい快晴になった。薄青い空に浮かぶ半月がとても美しい。気温は、25度くらい。最高の日和。いま来るといいですよ。昼食はカップラーメンとシリアル。夕食はカレッジでストロガノフ。ナイラとブトゥルス(イスラエルから、中東の歴史)とともに、彼らはあと2週間でハイファに帰国するそうだ。
夕方6時に、プレジデントのエックハールトの家に招待された。(あじさいを持っていく)。夜は8時15分からブトゥルスによる最終講義を聴いた。
さて、いよいよカレッジ紹介もあとわずかになった。きょうはLucy Cavendish College と Fitzwilliam College。
ルーシーキャベンディッシュ・カレッジは、1965年に創立された(歴代28番目)。その趣旨は、成人女性がすべての大学学位を取れるようにするためで、フレデリック・キャベンディッシュの夫人ルーシー・キャベンディッシュがその提唱者。場所は、St Johns Collegeを超え北西にあるMadingley Roadの最初のあたり。(町の中心から15分くらい)。こじんまりしたカレッジだが、女子大だけあって、たいへんキュート。写真左が入り口付近。
フィッツウィリアム・カレッジは、2006年のSTEPで泊まったところ。参加者はよく御存知だろう。もともとカレッジに入れなかった男子学生がともあれ大学の施設を使えるようにするために、1869年に設立されたそうだ。場所は、町のど真ん中のフィッツウィリアム博物館の向かい側(いまはジャッジ・ビジネススクールになっている)にあったが、1960年にいまの場所(町の中心から北西にあるいて20分程度)に移され、1966年に正式にカレッジになった(歴代29番目)。写真右のように、いささかそっけない現代建築。
6月11日水 イギリス85日目。カレッジは秘密の花園=第25話 Homerton College。(後半の第11回)。

朝は、よい天気。昼から曇り。夜パラパラ雨。
朝からUniversity College of Londonに出かけた。(キャノンの研究施設がここにある)キヤノンの研究開発についてYKさんよりお話を伺う。
さて、いよいよ「カレッジは秘密の花園」も、残すところあと2回。第25話 Homerton College。
ホマトン・カレッジは、もともと1894年に、教師の養成学校として東ロンドンに建てられた。1894年にケンブリッジに移されたが、公式の記録上、ケンブリッジ大学のカレッジとなったのは、1976年とされている。(歴代30番目)。
場所は、ケンブリッジの南東のはずれ(駅の近く)。Hills Roadに面している。Girton Collegeの次くらいに不便なところにある。
入り口は、何ということもないタイル張りの校舎だが、1歩裏に行くと、たいへん由緒正しい雰囲気の校舎と学寮が立ち並んでいる(写真)。やはり19世紀以来この地にあった風格。すぐとなりにケンブリッジ大学の教育学部(Faculty of Education)があって、いまでも教育大学として機能しているようだ。
6月12日木 イギリス86日目。カレッジは秘密の花園=最終回 第26話 Robinson College。

では、いよいよ「カレッジは秘密の花園」第26話、最終回です。Robinson College (歴代31番目。もっとも新しいカレッジ)。ロビンソン・カレッジは、1980年に地元の資産家であるデービッド・ロビンソン卿の寄付によって建てられた。そして1981年に女王の認可を得てオープンした。たいへん美しい近代建築(少なくともガラスと鉄骨はまったく見当たらない)で、中にあるチャペルのステンドグラスはすでに5月1日に紹介した。
クレアホールのすぐ隣にあって、砦のような入り口はHerschel RoadとGrange Roadが交わるところにある(写真左)。中に入ると、たいへん広くて美しい、まぎれもない秘密の花園がある。写真右は、その庭園を抜けて池越しにカレッジを撮影したもの。
6月13日金 イギリス87日目。学部紹介 第1話=ケンブリッジ大学の全体構造。
さて、きょうから学部紹介をしていこう。
まず、ケンブリッジ大学の全体構造から。
ケンブリッジ大学の下には、すでに紹介した31のカレッジがあって学生たちの面倒を見ているわけだが、それとは別に彼らが勉強する学部が当然ある。(そこで昼食や夕食のときは、多様な分野の人と話ができることになる)。
この学部群は、大きく以下の7つのSchoolに分かれている。
1) School of Arts and Humanities (人文科学系とでも訳す?)
2) School of Humanities and Societies (社会科学系)
3) School of Biological Sciences (生物科学系)
4) School of Physical Sciences (物理科学系)
5) School of Technology (技術系)
6) Institutions independent of any School (その他)
7) School of Clinical Medicine (臨床医学系)
これは、たいへん進んだ分類だと思う。日本の大学のように19世紀のディシプリンを踏襲していない。とくに面白いのは、5)のTechnology。あえてEngineering という言葉を使ってないのは、広い意味の技術を意味したいのだと思う。実際、このなかにFaculty of Engineering 工学部というのが属しているし、さらにFaculty of Business and Management = Judge Business Schoolも属している。つまり、経営学もビジネス学も、科学ではなく技術に分類されているのですね。これ、たいへん正しい。
6月14日土 イギリス88日目。May Ballが行なわれる。
曇り。あいかわらず寒い(15度くらい)。昼食は、インスタント焼きそば。
きょうは、何度か話題に出たMay Ballが行なわれた。いわゆる学園祭で、カレッジごとに行なわれる。1人65ポンド。19:30からFeast(宴会)が始まり、翌日の4時まで行なわれた。
写真:左からプレジデント夫人のLisa Saljeさん。ロンドンの高階玲子さん。パーラメントハウスのProfessor David Cope。
6月19日木 イギリス93日目。ロンドンで毎日新聞のYMさんに会う。学部紹介 第2話=ケンブリッジ大学の場所。
きょうは、良いお天気。気温も23度くらいと心地よい。お昼にロンドンに行き、毎日新聞の女性記者(理系白書の主著者)のYMさんに会った。
さて、学部紹介、第2話をはじめよう。
きょうはケンブリッジ大学のカレッジでない部分は果たしてどこにあるのか、という話をしたい。すでに、ケンブリッジ大学とは、31あるカレッジ(1599年までに建てられた16校=前半に紹介。1800年以後に建てられた15校=後半に紹介)の集合体であることを記したが、それだけではない。カレッジに属さない、講義と実験の場所(国立の部分)が存在して、それは上の地図に示すように、およそ12の場所に分散して存在する。以下、おおむねどんな学系(School)や学部(Faculty)がそれぞれの場所にあるのかを、南東から北西に向かって記しておこう。
Addenbrook site(地図には示していない南のはずれ)=アデンブルック病院。臨床医学系
Lensfield site = 化学図書館,大気科学センター,分子情報センターなど
Old Addenbrook site =ビジネススクール,バイオテクなど(旧病院地区)
Trumpington site =工学部
Downing site = 考古学,地学,心理学,生理学など
New Museum site =化学工学,社会学,動物学など(旧キャベンディッシュ研究所)
Old Schools site = 大学試験部門や学位認定部門などの事務部門
Mill Lane site = 工学系,土地経済学,理学系,人文社会科学系など
Sidgwick site =文学部,法学部,経済学部,音楽学部,神学部など
Wilberforce site =数学,理論物理学,ニュートン研究所
Madingley site =天文学。
West Cambridge site =キャベンディッシュ研究所(物理学科),コンピュータ科学科,電子工学科,獣医学系など。
というわけで、てんでばらばらで統一性がない。教授は、カレッジへの帰属性がつよくカレッジをよくしようとはするものの、カレッジ以外の共用部分は一種のCommonsの悲劇が起きているのかもしれない。
いま工学系をWest Cambridgeにうつそうとしていて来年(2009年)の夏には、Mill Lane siteやTrumpington siteなどの工学系(MOT部門をふくむ)はすっかり空っぽになると思われる。そうなると、この西のエリアがケンブリッジ大学の新しい顔になるとともに、もう少し統一的な再配置が行なわれるだろう。
6月20日金 イギリス94日目。Teraview社創業者&CEOのドナルドアーノン氏に会う。学部紹介 第3話=ジャッジ・ビジネス・スクール。

昼過ぎに、セント・ジョンズ・イノベーションパークにあるTeraview社に行き、ドナルド・アーノン(Dr. Don Arnone)にお会いして起業のいきさつを伺った。たいへんためになる話。また彼らのテラヘルツ発生&トポグラフィー装置を見せていただいた。
学部紹介=第3話。まず、School of Technologyから順番に紹介していく。
このSchool of Technology(技術系)は、以下の学部・学科からなっている。
School of Technology
1. Judge Business School
2. Faculty of Computer Science and Technology
3. Faculty of Engineering
Department of Energy, Fluid Mechanics and Turbomachinery
Department of Electrical Engineering
Department of Mechanics, Materials and Design
Department of Civil, Structural, Environmental and Sustainable Development
Department of Manufacturing and Management
Department of Information Engineering
4. Department of Chemical Engineering
5. Institute of Biotechnology
つまり、この「技術系」の筆頭が、ジャッジ・ビジネス・スクール(Judge Business School, 旧名=Judge Institute of Management)だ。これは、Old Addenbrooke's siteのもっとも良い場所を占めている。フィッツウィリアム博物館のまん前。写真左のようにたいへんお洒落な建物だ。John Outramというデザイナーの作品。
中に入ると、もっとサイケデリック。写真中央のように全体が吹き抜け構造になっていて色とりどりの壁と窓からなっている。各階は、写真右のように出窓のようになっていて、2階はカフェテリア。歩き回るとなかなか楽しい。しかし手前味噌だが、寒梅館のほうが使いやすいし荘厳だ。
この地は、もともと病院だった。1984年までに病院が現在のAddenbrooke's siteにうつったあと、ここは空っぽとなった。1991年にMonument Trustの Sir Paul とLady Judgeが寄付をして、Judge Instituteとなり、1995年にこの建物ができあがる。
MBAコースのほかにMater of Financeコースがある。MBA入学のためには、厳格に5年以上の社会人経験がいる。教員の数50人以上でこれもすごい。
6月21日土 イギリス95日目。学部紹介 第4話=コンピュータ・サイエンス&テクノロジー。

きょうは、朝から雨。昼過ぎに曇りに転ずる。気温は20度以下。
昼食は、インスタント味噌ラーメン。夕食は、レトルトカレー(マイルド味しかなくなった)。
さて、学部紹介=第4話。School of Technology(技術系)の2番目、コンピュータ科学技術学部。
これは、Computer Laboratoryと呼ばれていて、35人の教員、25人の職員、35人の研究員、155人の大学院生からなる(ヘッドは、Professor Andy Hopper)。日本だと、工学部の一部におさまりそうだが、ここでは工学部から独立していて1つの学部をなす。やはり、「技術」というのを「工学」より広い概念として捉えているからのようだ。
もともとは1937年に機械式コンピュータ・アナログコンピュータを研究するために数学科の一部として発足し、1945年からデジタル・コンピュータの研究を始めた。現在は、頑丈なオペレーティング・システムのアーキテクチャー、ローカルエリアネットワーク、分散コンピューティング、ディスプレイ技術などに研究の焦点が当てられている。
場所は、West Cambridge siteで、キャベンディッシュ研究所の北側にあるCAPE(4月21日に登場、電子工学科)のさらに北側。ビル・ゲイツによって寄贈されたウィリアム・ゲイツ・ビル(写真左)の中(というか全部)にある。一見、おしゃれなビルだが、写真右(玄関のアップ)に示すように、けっこう安普請(震度5の地震が来たら、ナノサイエンスセンターの次にぶっ壊れるだろう)。それにコーキングなども大雑把で、日本の建築家がみたら目を回すことだろう。