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修了生インタビュー vol.26

伝統産業を超えて。松栄堂が見出した自分たちの“強み” 
-企業派遣での学びと社内での実践- (前編)

【本記事が校了となった直後の2025年8月9日、長年にわたり本学に多大なるご支援をくださった株式会社松栄堂 代表取締役社長 畑正高様のご逝去の報に接しました。畑様のご厚情に深く感謝申し上げるとともに、心よりご冥福をお祈りいたします】

「香」を専門に取り扱う京都の老舗メーカー・松栄堂。同社は数年に一度、同志社大学大学院ビジネス研究科(以下、DBS)へ社員を企業派遣(会社負担で学費を支援)しています。では、派遣された社員の方々は何を学び、どのように学びを会社へ還元してきたのでしょうか。
今回は同社の京都本店を訪問し、実際に企業派遣でDBSを修了した松栄堂の辻さん(2005年入学2期生)、松岡さん(2016年入学13期生)、伊勢さん(2021年入学18期生)の3名にお話を伺いました。

ご経歴

修了生_vol.26_1 (117690) 松栄堂本社にて撮影
左から、辻さん(2期)、伊勢さん(18期)、松岡さん(13期)

辻 光一郎さん (写真 左)
企画事業部部長。 2001年入社。2002年より「企画広報部」(現企画事業部)所属。2005年DBS入学、2008年修了。2018年より現職。
松岡 正さん (写真 右)
営業部/事業推進マネジャー。2005年入社。物流部門を経て、約7年店頭販売に従事。2012年より営業部にて百貨店と阪神地区の専門店を担当。2015年に企画広報部(現企画事業部)へ異動し、同時期にDBSの科目等履修生として学び始める。2016年に正式入学、2018年修了。2019年より再び営業部に所属。
伊勢 裕二郎さん (写真 中)
2007年入社。物流部門を1年半経験後、営業部に異動。約8年間日本各地のルートセールスや、京都物産展での販売を行う。2015年制作室へ異動。2021年DBS入学、2023年修了。2025年5月より経営計画室。

1. DBSに入学する前は、どのような悩みや課題を持っていましたか?

修了生_vol.26_2 (117691) 松岡さんDBS在学当時
辻  さん
会社としては、コンテンツ力や事業内容について京都で一定の認知がある一方で、まだまだ挑戦できることがあるのではないかという漠然とした課題意識を持っていました。また、私自身については「ビジネスパーソンとして広く通用する力とはどのようなものか」という思いを持っており、その答えやヒントをDBSでの学びを通して少しでも見つけたいと考えていました。
松岡 さん
伝統産業は、市場の縮小により厳しい環境に置かれています。松栄堂も例外ではありません。ただ、他の多くの伝統企業が「苦しい」「厳しい」と語る中で、私は松栄堂に対して「他とは少し違う」「決して悪くない状況なのではないか」という、漠然とした感覚を抱いていました。そして、その理由をはっきりさせたいと考えていました。
伊勢 さん
私も同じように感じていました。2010年当時、同業他社の方々と話すと「10年前はもっと売れていたのに」といった声をよく耳にしました。おそらくその頃、私たちの売上もわずかに増加していた程度で、状況は他社と大きく変わらなかったと思います。ただ、松栄堂は、同じ状況にあっても社員の危機感の持ち方には違いがあったのではないかと思います。 
私自身について振り返ると、営業部にいた頃から、「もっと売上を伸ばしていこう」という発想はあまりなく、今ある売上の中でいかにコストを抑えて、営業利益を上げていくかという、比較的保守的な考え方を持ち続けていました。しかし、自分自身のそうした保守的な考え方を見直す必要があるのではないかと思い、DBSでの学びを決意しました。

2. 実際にDBSではどのようなことを学ばれたのでしょうか?

伊勢 さん
村山裕三先生(現在は退官)の「伝統産業と文化ビジネス」という講義が印象的でした。村山先生がおっしゃっていたのは、そもそも「伝統産業」という言葉自体が不思議だということです。私たちは普段当たり前のように「伝統産業」という言葉を使います。しかし、その品々はもともと人々の生活の中で日常的に使われていたものです。それが次第に使われなくなり、「これは守らないといけない」という流れの中で伝統として位置づけられるようになってきたのです。特に講義で印象的だったのは、「伝統産業の品が博物館に並ぶようになったとき、それは最悪の状況だ」という言葉です。その言葉を聴いたとき「ああ、松栄堂はそうなっていない」と強く思いました。というのは、松栄堂は新しいことにも積極的に挑戦しているからです。今も趣味や日常の中でお香を楽しむ方がたくさんいらっしゃいます。「おしゃれ」と感じてくださる方も多いです。こうした点が、先ほど松岡が話していた「同業他社と比べたときに感じる違和感」にもつながっているのではないでしょうか。他社が強い危機感を持つ中で、松栄堂はそこまで危機感を抱かずにいられる。これこそが「うちが伝統産業ではない」という強みなのだと気づかせてもらったのが、村山先生の講義でした。
修了生_vol.26_3  (117692)
松岡 さん
伊勢や私が履修していた講義の一つに「イノベーションマネジメント」があります。そこで印象的だったのは、企業が前に進んでいくためには、片手で自分たちの既存事業を深めながら、もう一つの手で新しいことを探索していかないといけないというお話でした。私はDBS修了後、営業部に異動しました。その際、「営業部」という肩書きの名刺のほかに、「事業推進」という名刺を作ってもらいました。これは、私が、営業として既存の事業でしっかり売り上げを作るという使命に加えて、社外に出て新しいことを探索し、何かを持ち帰る役割も担っているということを意味しています。あの授業は「伝統と革新は同時にやらないといけないんだ」と、自分の中で強く感じさせられるきっかけであったように思います。
辻  さん
松岡がDBSを修了して営業へ異動したとき、私自身、企画事業部の仕事が少しルーティン化してきた自覚がありました。以前は革新的だった取り組みがいつの間にか会社の「伝統」になり、片手で守るべき既存事業のようになっていたのです。
だからこそ、松岡にはもう一つの手で新しい挑戦をしてほしかった。私は敢えて彼に任せることで、彼が学んできたCSRや戦略的な視点を、単に片手で守るような話ではなく、それを営業的に展開し、他社との協業、さらには共創といった形にしていけると考えていました。そして、彼自身もそれを楽しみながら取り組んでくれるだろうと感じていました。それだけに、今まさに彼が挑戦を続けている姿を、非常に心強く思っています。
修了生_vol.26_4 (117693) 社内勉強会でSRについて説明する伊勢さん(中央奥)
松岡 さん
最近では、伊勢が社内で自分のソリューションレポート(以下、SR)を発表する場を設けてくれました。終業後にもかかわらず、30人以上、社員の1割を超えるメンバーが集まりました。私自身も含め、こうして学んだことを会社の中に還元し、さらに自分の仕事や周囲の世界に生かそうとする意識が自然に芽生えるのは、企業派遣ならではの良さだと思います。
伊勢 さん
俯瞰的に「伝統産業」という枠組みを捉えたときに、松栄堂がそのカテゴリーに必ずしもぴったり当てはまらない瞬間がある。そして、それこそが松栄堂の強みだと理解できた。だからこそ、SRではあえて松栄堂のことには一切触れませんでした。今回、久しぶりにSRに向き合ってみて、松栄堂の強みを改めて理解できました。
松岡 さん
私はDBSでの学びを通じて、これまで言葉にできなかった松栄堂の課題や方向性がはっきりしました。例えば、ゼミの山下貴子先生に「価値に対する価値観を変えなければいけないのではないか」とのご指摘をいただき、ハッとしたことをよく覚えています。私たちはものづくりの会社なので、良いものを作って、それを広く展開し、多くの人に知ってもらうという発想が強くなりがちです。もちろん、今もその考え方は根本にあります。しかし、いざ街に出て伝統産業の製品を目にし「この数万円の商品を、果たして自分なら買いたいと思うだろうか?」と問い直したとき、その価値観にズレがあることに気づきました。そこから、良いものを作れば自然に売れるという考え方から、価値をお客様と一緒に作っていくという方向にシフトしなければならないと強く感じました。私たちは「香りある豊かな暮らし」の実現を目指しています。ただ、そのニュアンス自体、多くの人がまだ持っていない感覚です。ですからそれをどう伝えていくか、その選択がとても大切です。また、今の時代の人たちに私たちの香りを必要としてもらうには「それがなぜ必要なのか」「どうしてこの商品を買いたいのか」を感じてもらわなければいけないのだと思います。だからこそ一歩踏み込んで、自分たちの取り組みにしっかりと目を向けてもらえるような仕掛けや工夫を増やして、背景にあるストーリーをしっかり伝えることも重要です。これをただ漠然とではなく、きちんと理解して取り組めるようになったのはSRで自分の考えをまとめたからだと思います。また、SRで自分の考えを整理したことで、自社の強みを明確に自覚でき、自信を持って次の挑戦にも踏み出せるようになりました。
また、私はDBSを卒業した後、辻と一緒にシニアアシスタントとして山下先生のマーケティングの授業に参加しました。DBSには、修了生が費用の負担なく現役生とともに授業に参加できる「シニアアシスタント制度」があり、修了後も継続して学びの機会が得られる非常に良い仕組みだと感じています。松栄堂からDBSに派遣された7人全員で、同じ授業を一緒に受講してみるのも面白いのではないかと思います。

後編につづく…

※本記事の内容、肩書き等は2025年6月時点のものです。
(取材 同志社学生新聞局)